コミティア119 サンプル1

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 その出会いは、私が一人旅に出てすぐのことだった。
 私は、自分が何でも知っていると思っていた。酒場で旅人達から沢山の話を聞いては、それらすべてを唄にし奏で、まるで私自身が各地を旅して回ったかのように、そう思いこんでいた、あの頃。
 私は彼女達と出会った。
『追い剥ぎ』と言う唄は分かっていても、追い剥ぎがいかなるものか分からなかった私を助けてくれた、彼女とそして仲間達。

 私は本当に何も知らなかった。全く知らなかった。
 空も、山も、木々も、風の匂いに浮き立つ鳥の歌声、心が踊るような愛や悲しみも。仲間との生活と一人の孤独も。
 ――そして、この先の未来も。



「助けて頂いてありがとうございます」
「あなた、危なっかしい人ね。女一人でほっつき歩いていたら、またコイツらみたいなのに襲われるわよ?」
 彼女は地面に転がる柄の悪い男達を指差した。
「たまたま私達がいたから良かったけど、そうでなければ今頃殺されているか、身ぐるみを剥がされて酷い目にあっていたわよ」
「そうなんですか?」
「……本気で言っているの?」
 彼女は呆れたように肩をすくめ、隣りにいる男に目を向けた。彼女の仲間だろうか。男は眉を寄せ、私に尋ねた。
「お前さん、追い剥ぎを知らないのか?」
「知っていますとも」
 私は自信満々に頷き、リュートを奏でた。それは私の中にある『追い剥ぎ』の唄。
「はい。『追い剥ぎ』の唄です。私も『追い剥ぎ』を知っていますよ」
 私の言葉に彼女の足元から覗き込んでいた男の子と、その後ろから様子をうかがっていた女の子が口々に言った。
「こいつバカだ!」「バカだー」
 私は『馬鹿』の唄を奏でた。それに『生意気』の唄も続けて、子供達に向かってにっこり微笑んでみせた。
「お二人のお子さんですか?」
 二人を夫婦だと見受けた私は『夫婦』の唄を奏でながら尋ねた。すると何故か彼女は大笑いをしたのだ。
「あなたって本当に馬鹿なのね。この子たちが私の子供だったら、私は一体いくつで生んだ事になるのかしら。それに、この人とは夫婦でも恋人でもありません」
 清々しい笑みで否定する彼女に、横の男はどことなく落ち込んでいる気がした。ああ、なるほど。『片想い』だろうか。私は『片想い』の唄を奏でた。
「あなた、これから何処へ行くつもりだったの?」
「『あっち』です」
 彼女の質問に私は歩いていた道の続く方を指差した。
「随分と曖昧ね。でも良いわ。私達も『あっち』に行こうとしているの。良かったら一緒に行かない?」
「何故ですか?」
「あなた一人では危なっかしいからよ」
 私は少し迷った。何か大きな選択を迫られている気がしたからだ。
 暫く考えたが、私は湧いた好奇心の赴くままに肯いたのだった。
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